こみゅにてぃぶろぐ【タマダグループ】

福耳ラジオ 2024年12月10日放送分

作成者: HDG_KATSUMI|Mar 27, 2025 8:11:49 AM

トーク内容:のと被災状況

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木村パーソナリティー:
今月も金沢市無量寺町のタマダ株式会社の玉田善久社長をお迎えしました。
タマダ社長です。よろしくお願いします。

玉田社長:
よろしくお願いします。

木村パーソナリティー:
12月中旬まで来ましたが、あっという間ですね、1年。

玉田社長:
早いですね。

木村パーソナリティー:
1年間でたまった資料などがたくさんあり、それを整理して片付けようと思いますが
なかなか日々の仕事に追われて思うようにはいかないですね。
その点、タマダの本社はいつ行っても綺麗な状況で、本当に羨ましく思います。
特に年末だからといって改めて大掃除とかする必要ないんじゃないですか?

玉田社長:
そうですね。大掃除はしますがやっぱり数年前と比べると、ペーパーレスとフリー
アドレスを推進したおかげでまとめて資料を整理するというのは昔と比べるとだいぶ
無くなったと思います。

木村パーソナリティー:
それは大きいですね。逆に考えると、今までどれだけ紙が面積を取っていたかっていう
ことを思いますね。

玉田社長:
そう思います。

木村パーソナリティー:
紙結あえると腰やる人が多いんですよ。歳をとってきて、みんなね。
さあ、ということで。
福耳ラジオのコーナは2024年の1年間を振り返ってみたいと思います。
社長、いつも12月になりますと、1年間の3大ニュースを伺ってきました。
ですが今年は、能登半島地震に尽きるかと思います。
あれだけの未曾有の自然災害を前にして、タマダは1月2日には対策本部を立ち上げ、
3日からは災害状況を確認していたということでした。
当時のことを思い出して、タンクの復旧対応について今はどんなふうに思っていますか。

玉田社長:
今年は2日から出勤体制になりまして。ゴールデンウィークも返上という形で、
地震とともに過ごした1年だったなという風に感じております。
初動対応につきましては、油がないと移動もできないし、暖も取れないということで、
改めて燃料供給の大切さというのを、この地震を通して感じた次第です。

木村パーソナリティー:
そうですね。こういう被害の中で、燃料が一番大切だったと。
あと地震とともに過ごしたと話がありましたが、社長の奥様の実家が輪島なんですよね。
大変な被害に遭っているそんな中で共有施設のことも考え、いろいろとやきもきすること
が多かったんじゃないですか。

玉田社長:
そうですね。5日ぐらいまでは連絡も取れない状況が続いておりました。
私の妻の実家が輪島の町野というところで、完全に孤立集落化したエリアでしたので、
そこに取り残された方々は、最初の1週間は連絡もつかないし生きているのかどうかも
わからないという状況でした。

木村パーソナリティー:
そういった状況の中で作業を続けていたため、胸中察するに余りあるんですが、
今はかなり落ち着いたんですか。

玉田社長:
12月1日に現地の方に行ってきたんですけれども、ようやく公費解体の方も始まり
だしました。少しずつですけれども、新しい生活に向けての前進が始まっていると感じております。 

木村パーソナリティー:
始まっているなというふうに感じます。ですが町野のあたりはやはり被害もひどかった
ですから、ゆっくりゆっくりっていうペースなんじゃないかと思います。
それが少しでも早く復旧復興に向かうといいかなと思います。
お話戻りますけれども、もともと能登は給油施設自体の数が少なかったという現状が
ありました。この地震を機に、さらに施設が減ってしまう、住んでいる皆さんの生活
基盤が失われてしまうのではなかと、社長はかなり危惧されておりました。
実際のところ、今の能登の状況はどんな感じになっているんでしょうか。

玉田社長:
そうですね。12月現在で大きい対応というと、今度は故旧復興ですね、壊れた施設を
直すところには移ってきているんですけれど、職人さんが集まらない。
工事が集中して順番に対応はしているけれども、手が回りきらないという状況で…
遅れているというのが実状。給油場が本当に少ないエリアって奥能登にあるんですよね。
そういうエリアで最後の一軒が店を閉めてしまうと、油の供給が本当にできなくなって
しまうというところについては引き続き危機感を持って感じております。

木村パーソナリティー:
やはりそういうエリアというのは何か所かもう出てきてるんですか。

玉田社長:
そうですね。先ほど言った町野もですが、9月の豪雨災害で大きな被害が。
地震被害の上にさらに大きな被害を受けてしまっており、生活基盤ですよね。
スーパーであったり、給油施設であったり、そういう最低限の生活インフラの維持という
ところが非常に厳しくなってきているなと感じております。

木村パーソナリティー:
時間との戦いになっているなっていうのが正直な感想です。
少しでも加速がついていけばいいなと思いますね。
さあ、そしてタンクの復旧にとりあえず目処が立った後にタマダが手掛けたのがモバイル
住宅の設置でありました。モバイル住宅というのは、出来上がった住宅をトラックで運び
仮設住宅や支援者向けの宿泊所にするという作業でした。
これは『のと絆プロジェクト』というふうに言われました。
この、のと絆プロジェクトに社員の皆さんが現地で作業をしたいと手が挙がったという
話に、僕は心が動かされました。
ただ、社長の中では最初はタマダの本業とは違う住宅の設置ということで
戸惑いがあったという話もあったんですが。今はどんな心境でいらっしゃいますか。

玉田社長:
住宅は当社の事業領域とは違いますが、その中で当社の重量物運搬であったり、
設置の技術を用いてこの震災復興に少しでも貢献できたということは、当社にとっても
当社の社員の方々にとっても非常にいい体験をした。そういう風に今は思っております。

木村パーソナリティー:
そうやって設置されたモバイル住宅のおかげで年末年始ゆっくりと安心して過ごせる方も
多いかと思います。それにしてもこうやってお話を伺ってきますと、玉田社長の判断には
いつもスピード感があったように思います。
早く動くということはやっぱり日頃から大切にされていることなのでしょうか。

玉田社長:
震災とか災害における緊急対応に関しては時間が一番だと思うんですよね。
とりあえず現場、現地に駆けつけてその状況を見て、その場で判断をして
いくということが大事だなという風に思っています。

木村パーソナリティー:
能登半島地震の場合は、現地に駆けつけるということ自体大変だったわけですから。
行動力がそこに伴っていたというタマダの一連の能登半島地震対応っていうのは素晴らし
かったのではないかと思います。今年は能登半島地震に始まった1年、能登半島地震と
タマダ・タマダグループということで伺ってきました。
ここまで3年間、1年の3大ニュースに金沢マラソンというのが入っておりました。
こちらを最後に尋ねておこうというふうに思います。
金沢マラソン、改めて総括して今年は社長の中ではどうだったんでしょうか。

玉田社長:
そうですね、今年の金沢マラソンは例年になく24度と熱い気温でした。走る途中で若干
熱中症気味になってしまいまして。リタイアせずに最後まで完走することはできましたが
これまで4回走った金沢マラソンの中では一番タイムが遅くて6時間ちょっとかかってし
まいました。

木村パーソナリティー:
途中で意識が飛びそうになったとかっていう話も聞きましたよ。

玉田社長:
そうですね。OS-1を美味しく飲んで復活しました。

木村パーソナリティー:
あれどっかやっぱり救護所みたいなところに入れるんですか。

玉田社長:
一定区間ごとに救護班みたいなところのテントが設置されてます。
そこでしばらく休んで、復活してからまた走り出しました。

木村パーソナリティー:
それは距離で行くとどれくらいの地点だったんですか?

玉田社長:
ちょうど折り返しでしたね。25キロ地点ぐらいだったと思います。

木村パーソナリティー:
25キロ地点でそういう状況になり、まだ半分走らないといけないっていうのは、
気が遠くなるような話ですね。

玉田社長:
そうですね。心が折れそうにもなり戦いながら完走しました。

木村パーソナリティー:
そこからよくゴールまで行ったなっていう、改めて尊敬いたします。

玉田社長:
ありがとうございます。

木村パーソナリティー:
他に走ったタマダの皆さんはどうだったんですか?

玉田社長:
そうですね。今年例年より多く20人近い社員が走ったんですけれども、残念ながら2人
だけリタイアしました。あと18人みんな完走できたというふうに聞いております。

木村パーソナリティー:
金沢マラソンのこともちょっと伺ってみました。さあ12月今回も時間になりました。
社長、来年もよろしくお願いします。ありがとうございました。

玉田社長:
ありがとうございます。

木村パーソナリティー:
来年は本当にね、災害のない安心安全な1年にしたいと思います。
良いお年を。